最期まで「美しく」輝き続けることの意味

~それぞれの想いをスイッチに、新しいカタチのお見送りサービス~

大切な人がこの世を去ることになった時、あなたに何ができるか。

少し前から別れが訪れることを知っていたケースもあれば、突然別れで心の準備ができないまま故人を見送らなければいけないケースもある。

葬儀業界には、納棺師(のうかんし)と湯灌師(ゆかんし)という職業がある。

それぞれの職業に規定はないため、ここでは「ご遺体を棺に納める納棺作業をする納棺師」、「ご遺体を入浴させることで故人様をなるべく生前に近い状態に整える湯灌師」と区別して考えていくことにする。湯灌師は、入浴の後の着替えやメイク、エンバーミング等も担当し、そのまま棺にご遺体を納めるところまで行うため、その違いはわかりにくい。しかし、どちらも故人様のご遺体を整える、お見送りには欠かせない存在である。

そんな葬儀業界で、「エンゼルケアビューティ美還師®」【以下、美還師(びかんし)】として新たな価値を提供したいと挑戦を始めた人がいる。

大阪で美容室を2店舗展開していた、美容師の福島輝代さんだ。

福島さん「美還師を簡単に説明すると、亡くなった方のご遺体にヘアメイクを施すことで、ご家族・ご友人の方が故人様をお見送りする、大切なご葬儀のお手伝いをさせていただく仕事です。」

美還師も、納棺師や湯灌師と同じく、故人様のご遺体を美しく整え、見送りのお手伝いをする仕事である。しかし、納棺師や湯灌師と違う点がある。

まずは、美還師の仕事には、美容師免許が必要であること。

ご遺体であっても、故人様の髪を切って整える仕事は、免許が必要なのだという。

そして、もう一つ。美還師は、人と関わることの大切さ、生前からの関わりあいがいかに大切かを教えてくれる職業ではないかと、「あん・はな」は感じる。

そもそも、故人様の身を整えることに、どのような意味があるのか。

ありそうでなかった美還師という仕事が、これまで存在してこなかった理由とは?

福島さんの活動から、大切な人を見送る「葬儀」の新たな価値観について、改めて考えていきたい。

大切な人との「別れ」が「出発」のきっかけに

※画像はイメージです。

福島さんが美還師の活動をスタートしたのは、2022年のこと。

美還師を志すきっかけとなったのは、大切なお父様との別れだったという。

福島さん「約3ヶ月間の闘病を終えて、いよいよ父とお別れをする時が来ました。闘病中は、身だしなみを気にすることもできず、もちろん髪も伸びて乱れた状態でした。父の体を綺麗にしていただき、棺に入れることになったのですが、どうしても伸びてしまった髪が気になり、髪は整えてもらえないのかと聞きました。」

髪を切るのは、ご遺体であっても美容免許がなければできない。そのことを知った福島さんは、自分に髪を切らせてほしいと頼んだという。

福島さん「私は美容師なので、父の髪を切ることができました。しかし、それができないご遺族は、故人様の髪を整えることができないまま、お見送りをするのかという疑問が生まれました。後でわかったことですが、中には免許を持っていないけど、髪が伸びているからと髪をハサミでザクザクと切られることもあると聞きました。そうなると、髪を切る技術ではなく、作業です。自分に置き換えて考えたら、例え亡くなった後でも、それは嫌だと思いました。大事な父の遺体を目の前にして、私は美容師としてしっかり父の髪を整えたい、綺麗にしてあげたいと思いました。その時、スイッチが入ったのです。」

悲しみの中、お父様のご遺体と向き合い、これまで培ってきた技術で髪を整える福島さん。散髪が終わり、改めて髪を綺麗に整えたお父様のご遺体と向き合った時、自分の中で衝撃にも似た安らぎの瞬間があったという。

福島さん「美しく整ったお父さんの表情が、本当にパーっと明るく見えて。それを見て、私自身も何かがストンと落ちたというか、力が抜けたというか…安心感にも近い感覚でしょうか。さらに、その父の姿を見た母をはじめ、集まってくれた親戚の人たちの暗かった表情が、まるで連鎖するように一気にパーっと明るくなっていたのです。あれは、きっと一生忘れることのない経験だと思います。」

最近は、『終活』の一つとして、故人様が生前に自分の葬儀を準備しておくケースもあると聞く。福島さんは、見送る側の気持ちにも寄り添える仕事がしたいと考えた。

福島さん「父の葬儀で、お葬式をするのは故人様のためだけではなく、見送る立場になる家族・友人のためでもあるのだと気づかされました。そして、美しく整った父を見送る人たちの心も晴れていくような状況を目の当たりにした時、今の私にできることを見つけたような気がしました。今、思い返せば本当に不思議なのですが、病床にいた頃に父はずっと、私の『髪を切る』という仕事について話していました。普段は、そんなことを言わない人だったので、何故そこに興味があるのだろうと思っていたのですが、まさか最期にこのような形で見送らせてもらえるなんて、こんな気づきを与えてくれるなんて思いもしませんでした。この経験は、父からのギフトだと思っています。」

『美還師』という職業になるまでの道のり

お父様との別れを経験し、美容師として故人の髪を整える仕事ができないかと考えるようになった福島さん。その思いを抱きながらも、カタチにならない日々が続いた。

福島さん「『これを仕事にしたい!』という思いはあるものの、美容室の経営もあったので、なかなか前に進まない日々を過ごしていました。周囲に話せば面白いと言ってくれるし、他の美容師に相談しても『そういう仕事をしたいと思っていた』と言ってくれる人もいるのに、実際に行動できる人はいませんでした。私も、その一人だったのです。それだけ、葬儀業界のハードルは高かったのです。」

前に進めずにいた福島さんに、転機が訪れる。

コロナ禍の影響もあり、経営していた美容院を急に閉店しなければいけなくなったのだ。

福島さん「コロナ禍の影響で、既に1店舗にしていたお店も閉めることになりました。それも突然で、急にお店を続けられなくなってしまって…。でも、お店を閉めるしかなくなったことで、自分がやりたい仕事を実現するしかないという、決心もできました。」

お店を閉店し、葬儀業界の実態と湯灌師の仕事を学ぶため、福島さんは葬儀会社で湯灌師として働くことを決意する。そこは、福島さんが想像していたよりも衝撃的な世界だった。

福島さん「毎日、たくさんのご遺体が運ばれてきます。そのご遺体を綺麗にさせていただき、棺に入れて、ご家族にお渡しして。その流れが、次々とやってくるんです。向き合うのではなく、捌くという感覚は、技術の仕事ではなく、作業だと感じたのです。故人様の髪をハサミでザクザクと切る方がいるという話を疑っていましたが、納得してしまいました。」

それでも、たくさんのご遺体と向き合ってきた福島さん。
そこで学んだことは、とても大きかったという。

福島さん「やっぱり、生きている人の髪を整えるのと、ご遺体の髪を整えるのは違います。例えば、髪を洗うのでも、生きている人はいかに気持ちよくしてあげられるかを考えます。でも、ご遺体の場合は、とにかく優しく、ゆっくりと、傷つけないように。このような違いを学べたことは大きく、やっぱり美容師とはまた違う、美還師としての仕事を確立させなければと思いました。そして、ご遺体を綺麗に洗う湯灌師さんの仕事に対しても、とても大変だけど尊い仕事であると再認識しました。」

日々、様々なご遺体と向き合う中で、さまざまな別れがあることも学んだ。

ご遺体のヘアケアをすることは、様々なご遺体と向き合わなければいけないということであり、きっと生きている人の髪を整えるよりも過酷な現実とも向き合わなければいけないケースもあるはずだ。その覚悟とは、どうすればできるものなのか。

福島さんには、そんな覚悟を決める『スイッチ』があるのだという。

福島さん「ご病気の方もいれば、事故で亡くなられた方、中には既に原型を留めないご遺体となって運ばれてくることもあり、驚くような状態のご遺体と対面しなければいけないこともあります。それでも、やっぱりそこは生きている人の髪を切っていた時と同じで、『綺麗にしてあげたい』というスイッチが入り、そこからは美容師の仕事をさせていただくだけです。私にとって、自分の技術によって目の前の人が美しくなり、それを喜んでくれる人がいることが一番嬉しいことです。綺麗になった人も、その人の美しい姿を見た周囲の人も、何かしらの感動スイッチが入る。そんな、心が動く連鎖を生みだすのは、美の力。これは、亡くなられた方でも同じだと思っています。」

故人様の思いを引き継ぎ、みんなが幸せな未来を

※画像はイメージです。

湯灌師としての修行を終え、本格的に美還師としての活動を始めた福島さん。

正式名称も、「エンゼルケアビューティ美還師®」と決まり、現在は『ミライのカタチ』として活動を続けている。福島さんをはじめ、多くの美容師たちが持っていた故人様も『綺麗にしたい』という思いが、やっとカタチになったのだ。現在、既に予約も入ってきているという。

福島さん「『自分が亡くなった時にお願いします』『自分の家族を綺麗にしてあげてください』など、予約していただいた方の理由やご要望は様々です。まだスタートしたばかりで、どのような需要があるのかはわかりません。ただ、大切にしたいのは、美師の仕事は作業ではなく、自分が持つ技術でご遺族の心を少しでも晴らすお手伝いをすることです。ご遺体を綺麗に整えることで、それを見送る人たちが前に進むためのスイッチを少しでも早く入れられるよう、そのお手伝いができればと思っています。」

現在『ミライのカタチ』では、施設やご自宅を回る「出張訪問美容」という形でカット・カラー・パーマ・顔そりやトリートメントなど、美容師としてのサービスを提供しながら、美還師の活動とその普及に努めている。

福島さん「湯灌師との違いは、まさにここだと思います。私たちは、生前からお客様と関わることができるのです。もし、その方が亡くなっても、生前から持っていた『綺麗になりたい』という思いを引き継ぐことができます。そして、その思いを実現することで、ご遺族の背中を押してあげることができる仕事だと思っています。最近は、湯灌師さんの仕事が減っていると聞きました。でも、湯灌師の仕事も必要で、今後は連携していけたらいいなと考えています。」

湯灌師の仕事が減少している背景には、昨今の介護事情があるのだろう。施設はもちろん、家族が介護をしている場合、亡くなる直前までお風呂に入れたり、体を綺麗にしてくれる人がいるため、亡くなった後に体を清めることに価値を感じなくなっている人が増えているのかもしれない。

大切な人との別れをサポートしてくれる2つの仕事。

湯灌師の仕事を「体を洗い清めること」と考えれば、美還師の仕事は「美しく整えて思いを繋ぐこと」なのかもしれない。

「美」は、必要なことではないかもしれないが、プラスされることで必ず誰かの心を動かす。

それができる美還師は、まさに「エンゼル=天使」の名に相応しい。

福島さんに、今後の目標を聞いた。

福島さん「美師のニーズは、今後も増えると思います。同業者で『自分もやりたい』と言ってくれる人もいて、それだけ故人様を綺麗に整えることの意味を感じている美容師がいるのだと実感しました。これまで、美師のような仕事が存在しなかったのは、そこに踏み込む人が、まだいなかっただけのことだと思います。それだけ大変なことを始めたと自覚していますが、それでもやっぱりこの仕事をやっていきたいです。今後は、一緒に美師として働いてくれる仲間を増やすために、その教育とビジネスの仕組みづくりを確立していきます。」

美容師が自分の技術に誇りを持ち、その技術によってご遺族の心を少しでも晴らすお手伝いをする仕事。 1日1日を大切に前に進みながら生きている人たちに伝えたい、「美」がもたらす原動力。それこそ、故人となった人たちが、これからも生きる私たちに伝えたいメッセージなのかもしれない。

※「エンゼルケアビューティ美還師®」「ミライのカタチ」に関するお問い合わせは、
「あん・はな」(info@an-hana.com)まで。

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